36年前の中国茶輸出のエピソード

きっかけ

1985年日本最大手茶飲料メーカーが、中国茶事業に進出したいと、私の友人が担当者の方を案内してきたのがきっかけでした。

担当者の方が1週間の滞在だと聞き、優良な中国茶葉するために情報収集をして、とりあえずのサンプルを提供させていただき、後により良い茶葉を探すことをお約束しました。
その後、福建省安渓地区に入り、半年間良質な茶葉を探すことに専念して、漸く納得のいく茶葉を探し出す事が出来ました。

その後

1986年以降、仕入れは常に福建省安渓地区の現地に入り輸出用の茶葉を全て現物確認をして輸出を行なってきました。

その当時、空港設備がされておらず、しかも道路舗装もほとんどされていない状況の中、香港からタクシーで18時間、現地で24時間帰りが18時間トータル60時間タクシーに乗りっぱなしの状況であり、その頻度は2ヶ月に一度の大変な仕入れ状況でした。

信頼関係

この様な20年の苦労の甲斐あって、茶葉の生産者様、加工業者様との信頼関係が出来、良質な茶葉を仕入れる事が出来る様になり、現在もその関係は友好に続いています。

最初の頃の仕入れ対象茶葉は、鉄観音・色種・水仙のみで、当時の日本では、これ等を「烏龍茶」と称していました。

現在では多くの烏龍茶が紹介され、中国茶の効能や美容効果なども多く認知されてきています。

当時の事を思い出すと、よくあんな事が出来たと思いますが、中国茶への情熱と、沢山の日本の方へ中国茶の良さを知っていただきたいと思い懸命に動いていました。

現在も、その情熱は忘れる事なく、仕入れは自ら福建省安渓地区に入り、納得のいく中国茶を吟味厳選して仕入れをし、店舗で自ら仕入れした中国茶を御紹介しています。

これからも、36年前に日本最大手某有名茶飲料の担当者様にお約束した様に、皆様へ厳選した中国茶だけをお届けいたします。